‐普通話での発音との対照から‐

汪 南雁

1、研究背景・目的
【背景】
(1) 中国語母語話者が日本語を学習するときに、容易でもあり困難でもあるのが、漢字の学習である。母語の表記形態である漢字で日本語が表記されていることは、日本語学習をより身近なものに感じさせるが、いざ学習を始めてみるとその相違点に戸惑うことが多い。その一つとして、漢字の読み方の違いが挙げられる。
(2) 「日本語を学習している中国語母語話者(上級学習者)が漢字を日本語で読み上げるとき,その漢字の音読みが母語の中国語の発音に似ていると、似ていない発音の漢字を読み上げるときより反応時間が短くなった。また,通常訓読みで読まれる漢字よりも通常音読みで読まれる漢字の方が反応時間が短かった。これは,漢字を日本語で読む際にも母語の音韻情報が活性化するためであると考えられ、中国語音起源ではない訓読みも、音韻情報の一部として心内辞書に収められていることが要因であると考えられた。」[1]
(3) 問題点:中日両言語の音韻・音節構造の違いから生ずる音の差異、またどの時代の漢字を導入したか による(借用時期)違いがある。

【目的】
日本語の常用漢字の音読みと現代中国語(普通話)の発音との規則性を明らかにし、中国語母語話者を対象に、高等教育における日本語教育現場で活用する。

2、研究方法
(1)研究対象:常用漢字(平成22年11月30日内閣告示)2136字中、音読みを持つ漢字2059字を対象とする。
(2)研究方法:常用漢字について、字体(簡体字かどうか)を問わずに中国語(普通話)の発音のピンインを『現代汉語詞典』で調べ、それを声母[2](Consonant)及び韻母[3](Vowel)ごとに分類し、その漢字の日本語の音読みと比較し、発音における両語の規則性を見出す。そして、複数の中国語の読みと複数の日本語の音読みの場合は、それぞれ取り上げ、以下のような方法で分析する。
▼中国語読み:日本語の音読み=複数:1
▼中国語読み:日本語の音読み=1:1
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[1] 茅本百合子(2000)
[2] 日本語音節構造の子音と同様である。
[3] 日本語音節構造の母音と同様である。
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常用漢字 中国語の発音 音読み
jiang4 コウ 降雨、下降
xiang2 投降
Shuang1 セキ 隻手,数隻

 

▼中国語読み:日本語の音読み=1:複数

常用漢字 中国語の発音 音読み
xiong1 ケイ その他のすべて:兄事、父兄
キョウ(呉音) 兄弟

 

▼中国語読み:日本語の音読み=複数:複数

常用漢字 中国語の発音 音読み
xing2 進行、行為、旅行、五行 コウ(漢音)
行政、修行 ギョウ(呉音)
行脚、行火 アン(唐音)
hang2 銀行 コウ(漢音)
行列 ギョウ(呉音)
heng2 データなし
hang4 データなし

 

3、これまでの研究内容
◆『みんなの日本語 初級Ⅰ』の漢字(220字)を中国語読みし、それを声母ごとに分類し、大まかな関係性を示した。さらに、兼本敏(1997)の研究結果と比較した結果、以下の5点で一致した。

兼本敏(1997)
(1) 「か行」及び「さ行」読みになる音読み字は、k、g initial[4]になるのは当然として、h、j、q、x initialにも対応することがある。
(2) 「さ行」音からはj、q、x、z、c、s及び捲舌音のzh、ch、shが対応する。
(3)「は行」音はその音声学的性質から両唇音への対応が予想でき、b、p、f initialへの対応が実際に見られる。
(3) 濁音が第二声あるいは第四声を示す傾向がある。
(4) 「ら行」音はlinitialに対応し、「ん」音で終わる日本語がn endingに対応する。


[4] 日本語音節構造の子音と中国語の声母は同様なものであり、これをInitialとする。